大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和26年(ケ)126号 決定 1957年2月07日

債権者 国

債務者 株式会社木下商社 亡木下春吉承継人所有者 木下たま 外一名

主文

別紙第一物件目録記載の不動産に対する本件競売手続はこれを取消す。

別紙第二物件目録記載の不動産に対する本件競売手続については、債権者又はその代理人から債務者会社の特別代理人選任の申請手続をなすまで競売手続を中止する。

理由

一、食糧配給公団(以下単に公団という)は昭和二十六年十二月二十日債務者会社に対する損害賠償金三百六十四万八千六百五円並に損害金三十二万八千三百七十四円の弁済を受けるため木下春吉所有の別紙第一及び第二物件目録記載の各不動産(以下第一物件、第二物件と略称する)に対し抵当権の実行に因る競売を申立て、当裁判所は同月二十二日不動産競売開始決定をなすと共に第二物件につき同月二十九日受附、第一物件につき翌昭和二十七年一月七日受附をもつて夫々競売申立の記入登記をなし、爾来競売手続を進めていた。ところで本件競売の基本たる抵当権は昭和二十六年六月五日成立した大阪簡易裁判所の即決和解調書において木下春吉が債務者会社の前記損害賠償金債務のため公団に対して設定したものであつて、右第一物件についてはいずれも同年九月五日受附をもつて右和解調書に基く同年八月三十一日附仮登記仮処分命令を原因とした抵当権設定の仮登記がなされていたが、すでに右仮登記よりも以前に同物件については昭和二十六年七月十日の受附をもつて同年三月二十日の売買予約を原因として井上清次郎のため所有権移転請求権保全の仮登記がなされているものであつて、その仮登記が受附昭和二十七年二月十八日第一七三五号原因昭和二十六年三月二十五日売買により井上清次郎のため所有権移転の本登記を経由したことが右二月十八日附大阪法務局からの通知により判明した。そこで当裁判所は井上清次郎の右仮登記が本登記に移行した以上競売手続を続行するについての障害事由が発生したものとして昭和二十七年二月二十六日公団に対し右障害事由が消滅している場合にはこれを証する書面を同年三月十日までに提出されたく、右期日までにその提出がないときは同物件に対する競売手続は取消されることがある旨の補正命令を発した。以上の事実は本件記録に照し明かである。

債権者は右補正命令に対し、井上清次郎の右仮登記は前記和解調書の成立後になされたものであるから、井上清次郎は民事訴訟法第二百一条第一項にいわゆる承継人に該当し、抵当権設定者の地位を承継し従つて抵当権設定の義務をも承継したものであつて、不動産登記法第五条により債権者の抵当権設定仮登記の順位又は本登記の欠缺を主張することができないから、第一物件に対する競売手続は続行さるべきであると主張する。しかし乍ら、債権者の有する抵当権が即決和解調書において木下春吉と公団との間に約定されたからといつても、その約定は単に抵当権設定の合意(登記手続をすることの合意はない)であるに止まり、それ以上に出るものではない。かゝる合意は当事者間においてすら実体的確定力(既判力)を生ずることもなければ何等かの執行力を伴うものでもない。殊にかかる合意による公団の抵当権取得について、登記がなくとも、所有者と取引関係に立つ第三者に対抗し得るという法理は更々存しないのであつて、かかる合意の前後に拘らず物件の所有権を特定承継する第三者に対して抵当権取得を主張するには、まず公団においてその抵当権取得につき木下春吉との関係で本登記又は仮登記ないし処分禁止の仮処分の方法によつて権利擁護の方法を講じておかなければならない。かかる取引関係に立つ第三者と抵当権者との関係は、恰も二重譲渡の場合のようにあくまで民法第百七十七条の問題として論ぜられるべき事柄であつて、民事訴訟法第二百一条第一項の既判力の及ぶ人の範囲という訴訟法的次元の問題ではない。又かかる第三者は抵当権者の登記欠缺を主張するにつき正当の利益を有するものであるから、不動産登記法第五条にいわゆる「他人の為め登記を申請する義務ある者」にも該当しないのである。従つて、前記のように公団が木下春吉に対する関係において和解調書により昭和二十六年六月五日第一物件に対する抵当権を取得したとはいえ、その本登記又は仮登記等の手続がとられていない間に井上清次郎が木下春吉との前記売買予約の取引について同年七月十日所有権移転請求権保全の仮登記をなし次いで昭和二十七年二月十八日その本登記を経由した以上、井上清次郎は右仮登記の順位保全の効力として右仮登記の日に遡つて第一物件の所有者となるのであつて、公団はその抵当権をもつて第三取得者たる井上清次郎に対抗し得なくなるものといわなければならない。このようなわけで、公団の右抵当権を基本として木下春吉所有当時の第一物件に対し開始せられた本件競売手続は同抵当権に対抗力のないため結局はじめから第三取得者井上清次郎の所有物件に対してなされたことに帰着するから、取消を免れない。

二、次に前記補正命令に関係のない第二物件に対し当裁判所が競売手続を進行するため昭和三十年一月十九日競売及び競落期日の公告をなしたところ、同年二月二十二日の競売期日の前ごろ当裁判所に対して木下春吉関係の戸籍謄本が同人の相続人側から提出せられ、これにより債務者会社の代表者清算人兼所有者本人である木下春吉が昭和二十八年三月十七日死亡しその妻木下たま及び長女木下久子がその相続をなした事実が明かとなつた。そこで公団の代理人より昭和三十年六月二日受附の書面をもつて所有者については右両名の相続人を物件の所有者として競売手続承継による続行の申立をなした。以上の事実は本件記録に徴して明かである。

しかし債権者の代理人は公団の代理人当時から債務者会社については代表者清算人木下春吉が死亡して特別代理人の申請手続をなす要はないとして競売手続の続行を求め、その理由として法定代理権の消滅はこれを相手方に通知するのでなければその効力がないことは民事訴訟法第五十七条の定めるところであつて、同条は同法第五十八条により法人の代表者にも準用されるから、本件の如く債務者会社から代表者木下春吉の死亡による代表権の消滅について通知のない限り裁判所が債権者に対し特別代理人の選任申請を期待すること並にその手続あるまで競売手続の進行をしないことも法律上理由がない、法人の代表者の死亡が裁判所や債権者に知れていることは本件競売手続の進行に何の関係もないから(大審院民事判例集第二十巻四二七頁昭和十五年(オ)第一、二一三号同十六年四月五日第三民事部判決参照)、本件競売手続の進行を求めるというのである。

ところで、抵当権の実行による不動産競売手続の途中で債務者会社の代表者が死亡しても当然には民事訴訟法の訴訟手続の中断受継に関する規定の準用のないことは同法第五百五十二条第一項の趣旨からも窺い知られるところであり、その限りにおいて同法第五十七条第一項第五十八条の準用があると解しなければならない。従つて、債権者が債務者会社の代表者死亡の事実を知らずに競売手続に関与し、更に又執行裁判所もこれを知らずに依然従前の代表者を執行手続の追行者として取扱つても、これによつて競売手続の効力にはいかなる影響も生じない。債権者が右代表者の死亡の事実を知つていたかどうかはこの場合不問に附されるのである。しかし、執行裁判所が競売期日の通知(競売法第二十七条第二項)の如く債務者会社に通知することを要する執行行為を実施する場合において、その代表者死亡の事実が利害関係人の屈出その他により執行裁判所に明らかとなり、しかも後任の代表者がないか又はその有無が判らないときは、手続を主宰する執行裁判所は執行指揮権の作用として債権者に対してその旨連絡した上、債権者の申立により債務者会社のため特別代理人を選任することを要するものと解すべきことは、競売法に準用される民事訴訟法第五百五十二条第二項第五十六条の趣旨に徴して窺い知られるのである。この点については、抵当権実行の競売手続において債務者と所有者とはいずれも債権者(抵当権者)に対立する密接不可分な共同当事者(競売法第二十七条第三項第二号参照)であり、しかも本件においては債務者会社の代表者本人と物件の所有者とは同一人であつて右両資格を兼併する木下春吉の死亡したことが所有者の相続人側からの屈出によつて執行裁判所に明らかとなり、執行裁判所がその旨公団の代理人に連絡し、同代理人においてその事実を知悉してすでに一方では木下春吉の相続人を物件の所有者として競売手続の承継による続行の申立をなしていることが叙上のとおりであることに照して考めてみると、競売手続全体の劃一的処理を期し且つその公正を担保する上から、執行裁判所の介在する右順次の連絡をもつて同法第五十七条第一項の通知がなされたものとして取扱うこともできるのであろう。この見地からしても債権者において競売手続の続行を求めるにはまず債務者会社のため特別代理人の選任を申請しなければならない。いずれにせよ、このように解してこそ競売手続の公正を期する法の精神(競売法第二十七条第二項第三項、第三十二条第二項参照)と競売手続の迅速を期する法の要請との調和が保たれるのである。いかに競売手続が権利実現の手続であるとはいえ、又いかに債務者会社に後任の代表者を選任する道が開かれているとはいえ、執行裁判所において債務者会社の代表者死亡の事実が利害関係人の屈出により明らかとなつてその旨債権者に連絡しておき乍ら、単に債務者会社から直接債権者に対して右死亡通知がないというたゞそれだけの理由で執行裁判所がその死亡の事実を無視し死者を代表者とする債務者会社宛に競売期日を通知することは、それ自体適法な通知とはいい難いのである。

このようなわけで本件は債務者会社の代表者清算人がない場合に相当するから、競売手続を進めるためには債権者において債務者会社のため特別代理人の選任を申請しなければならないのであつて、債権者がその手続をとらない限り当裁判所は第二物件に対する本件競売手続の続行として競売及び競落期日を指定することはできないのである。債権者代理人の前記見解は当裁判所の採用しないところである。

三、よつて主文のとおり決定する。

(裁判官 木下忠良)

第一物件目録

大阪市北区樋上町九十二番地

一、宅地 二十一坪七合五勺

大阪市北区樋上町八十四番地

一、宅地 十七坪三合三勺

同所八十四番地上家屋番号同町第一一八番の三

一、木造瓦葺二階建地下一階付倉庫

建坪 三十一坪五合三勺

二階坪 三十坪八勺

地下坪 三十一坪五合三勺

第二物件目録

大阪市城東区古市中通二丁目八番地

一、宅地 三百八十四坪

同所九番地

一、宅地 二百六十四坪

同所八番地上家屋番号同町二番

一、木造スレート葺平屋建倉庫

建坪 二十二坪二合九勺

右附属建物

一、木造瓦葺平屋建工場

建坪 二十五坪五合

同所同番地上家屋番号同町第九七番

一、木造スレート茸平屋建倉庫

建坪 十五坪二合五勺

同所同番地上家屋番号同町第九八番

一、木造スレート葺平屋建工場

建坪 二十七坪

一、木造杉皮葺平屋建便所

建坪 七合五勺

同所同番地上家屋番号同町第一〇〇番

一、木造セメント瓦葺平屋建店舗

建坪 二十五坪四勺

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例